まだ、途中

途中です。働いてラジオ聴いて日記書いてます。@madatotyuu

9月18日(日)

8時前に猫に起こされる。ごはんの催促を夫、私、夫、私...と繰り返して先に根を上げた方があげるようになっている。支度して出発。行きしなのコンビニで御仏前袋と黒のストッキングとスムージーを購入。四十九日以降は御仏前袋を使用するらしい。このへんの常識がまるでない。

品川まで出て、牛タンとやまやの明太子の駅弁を購入して新幹線に乗り込む。スマートEXを初めて使用して手間取って駅員さんの力を借りたりもしたけど、ここまでは非常にスムーズだった。約1年前の葬儀の際にも1人で京都に行ったけれど、祖父が亡くなったことが頭を占めていたので1人だということがあまり気にならなかったが、今回はとても心細かった。心細さを有耶無耶にするために、ぱーてぃーちゃんの絆Nightふぃーばーを#1から聴き始める。不安な時はギャルに頼る。明るく何も考えていない2人と、テクニカルなすがちゃん最高NO.1に非常に救われた。

京都駅に到着し、少し時間があったので駅中の茶屋で抹茶系の飲み物を頂いた。奈良線で法事の最寄駅まで向かい、トイレで礼服に着替えて葬儀場まで歩いて向かった。19日の新幹線が午後運休というニュースを見て、どうしたもんかなと考えていた。13時半に着けばいいと言われていたからピッタリについたのに、遅刻したような扱いを受けた。慌てて香典の準備をしたりバタバタしていたら集合写真が私待ちの状態になっていて焦る。そのようにして一周忌が執り行われた。お経を読み上げられている間、皆家族で来てるのに私だけ個人だなと思った。明らかに浮いていたし、親族も私の扱いに困っていたと思う。

解散となり最寄駅まで車で送ってもらって電車で京都駅まで戻る。姉家族と同じ電車だったので姪っ子と手を繋いで乗り込んだ。姪っ子が私がポツンとしているのに気を遣ってくれているのが分かる。

駅で何度も手を振って姉家族と分かれ、取っていた宿に向かう。

疲れていたし礼服を脱ぎたくて小休憩。音が気になるけど安いしイヤホンしてれば構わないので私は問題なし。自分が出す音の方に神経を使った。いい意味で独房っぽい。

夜ご飯を食べに外に出る。7月に食べて感動した麺匠たか松へ。京都駅の構造が分からなくてウロウロしてしまった。

つけ麺の小を食券で買って少し並んで食べた。小があるのありがたい。並は食べきれなかったと思う。7月の感動に比べると劣るが、とても美味しかった。暑い中ですだちを絞って食べた麺が異様に美味しかったのだと思う。

蒸し暑くて汗ばむけれど、風が気持ちいい。慣れない土地の夜の街を歩いていると、学生時代の心細さが戻ってきた。その間ずっとぱーてぃーちゃんのラジオを聴く。宿の近くに若者が経営しているらしい銭湯、梅湯があったのでそのまま歩いて向かった。大盛況で人がひっきりなしに出入りしている。東京でいうと小杉湯のような立ち位置なのかな。店員さんの風貌が素敵だった。

肝心のお風呂は温度が高すぎて長居できなかった。中に噴水のような給水システムがあって楽しい。私と同い年くらいの人が噴水に躊躇いなく触って体を当てていたので、私も真似して手をくぐらせたりしていた。薄い膜みたいな水がテロテロ手に当たるのが気持ちいい。お風呂に浸かりながら梅湯新聞という、梅湯で働く人(働いていた人も)のコラムの集合体のようなものを読んでいた。全部手書きで良い。梅湯のZINEが売っていたので買った。

汗を乾かすように歩いて宿に向かい、水をたくさん飲んで、パジャマに着替えて、日記を書く。この宿のトイレは入ると必ず音楽が流れるようになっていて、1つは小学校の時朝のチャイム代わりに流れていた曲、もう一つは週刊おぎやはぎ批評の時に流れている曲でどちらも思い入れがあった。

普段写真はほとんど撮らないけど、1人だと撮ろうという気になるのだな。初恋の悪魔での、思い出が自分1人のものでなくて嬉しいという台詞がなんとなく分かったような気がした。今日あったことは私が忘れてしまったら、なかったことになってしまうと思ったから。誰かと一緒に過ごすことは記憶を分け合うことなのだな。

アラーム禁止なので起きられるのかとても不安なので、1時前には眠る。